娘と一体化する母親は、子どもに夢を押しつけ自分の人生のできなかったことを託す以外にも、娘を過保護にして、時には精神的におちこませ、その娘を献身的に立ちなおらせようとする「いい母親」を演じることによって、自分を支えることもある。C子さんは大学二年でめまい、立ちくらみがひどく、ほとんど引きこもりの状態に陥った。以来二年間休学し、各地の病院を母親が受診しては薬をもらったり、時には無理矢理C子さんを病院につれていったりしている。C子さんは、高校までは手のかからないいい子だったが、第一志望の大学に落ちて以来すっかり体調を崩してしまったという。浪人するのは嫌ということで一応大学には入ったものの、「こんな大学カッコ悪い」と不満の様子で通学しなくなり母親にも反抗的で、母親を「あんた」と呼ぶと母親は嘆いているが、それでも娘をなんとか早く治そうと一生懸命である。本当はC子さんはもう母親の期待に応えるのに疲れはて、自分の人生を歩きたくなったのである。ところが子どもの頃から母親がすべてを仕切り、レールをひき準備したように生きてきたために自分で決定する能力を失ない、自信がなくなり、引きこもってしまっているのである。C子さんはもう母親に放っておいてはしいのだ。「お母さんは私に水をやろうと一生懸命なんです。もう私は放っておいてほしい。私に水をかけるよりお母さんは自分に水をかけなくちゃいけないんです。お母さんは自分かもうカラカラになって熱でいっぱいなのにちっとも気がついていない」C子さんはそんなふうに話してくれた。母親は子どもの人生に侵入したり、子どもの人生を包みこみすぎてはいけないのである。自分の人生を歩むことが必要なのである。カーリル・ギブランの詩にこんな一節がある。あなたの子どもはあなたの子どもではない彼らは生命の自ら望んだ息子たちと娘たちなんだから。彼らはあなたを通して生まれてきたがあなたが生んだわ。彼らはあなたと一緒にいてもあなたのものではない。彼らに愛を与えてもよいがあなたの考えを押しつけてはいけない。彼らには彼らの考えがあるのだから。