「御歯が虫歯で少し朽ちて、口の中が黒ずんで、ほほ笑んでいらっしゃる、その香り立つような愛らしさは、女にして拝見してみたい美しさである」歯痛で苦しむさまや、虫歯で黒っぽくなった歯が優美であるという意識があったのだ。これはお歯黒を美しいとする意識と通底していよう。江戸時代になると、お歯黒は既婚女性のしるしのようにもなるが、平安時代には未婚の女性もお歯黒をしていた。『源氏物語』では、光源氏の愛妻となる紫の上が十歳のころの容姿を、こう描いている。「古風な祖母君のお躾の名残で。歯ぐろめ(お歯黒)もまたがったのを、きちんとなさり、眉がくっきりしたのも愛らしく美しい」黒い歯と手入れをした眉が、紫の上の美を増幅する要素として描かれているのだ。高貴な女性が人前にあまり姿を見せず、見せても扇や袖などで顔を隠していた当時、笑うと見える白い歯は、品下るものと思われていたのかもしれない。
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